2006年08月の記事

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2006年08月16日

日向ひょっとこ踊り夏祭り・参戦レポート

文・蒔田有美子 出水進也 辻 喜彦
写真・吉武哲信&晴美

日向の夏の風物詩「ひょっとこ踊り」が8月5日(土)に開催されました。

今回は、東京からの初参加体験レポートをお送りします。

「ひょっとこ踊り」(公式サイト)は、江戸末期~明治初頃に始められたと云われていますが、いつの頃から踊られていたのかはっきりしたことはわからないそうです。赤い法被に白い帯、白いフンドシをつけ、マメシボリの手ぬぐいをかぶった「キツネ」「オカメ」そして「ヒョットコ」が、笛、鐘、太鼓の軽快なリズムにのって、手、足、首と体全体を使って、街なかに用意された5つのステージを踊りまわっていくという、とてもユーモラスな伝統芸能です。

日向の夏祭りとなったこのイベントも、今回で23回目を迎え、年々参加者が増え、地元はもちろん遠くは北海道帯広市からも参加され、総勢1100人が踊る大イベントとなっています。普段は、静かな日向の街なかもこの夏のイベントで、前夜から大勢の参加者で盛り上がっています。

今回は、昨年から参加している日向駅連続立体交差事業の関係者で構成されている「日向連立連」チームに、日向市のご厚意で、東京から前日に打合せを兼ねて日向を訪れていた設計チーム(小野寺康都市設計事務所の緒方さん、内藤廣建築設計事務所の山田さん、ナグモデザイン事務所の蒔田さんと出水さん、そして辻の5人)が飛び入り参加させて戴くことになりました。

では、参戦レポートをお読みください。

まずは士気を高めるため?にバーベキュー大会! 早くも練習に熱の入るヤマダさん

まずは士気を高めるため?にバーベキュー大会!

早くも練習に熱の入るヤマダさん

見よこの勇姿? 「日向連立連チーム」は最多人数40名を送りこみ、全62チームのシンガリを務めました。

見よこの勇姿?

「日向連立連チーム」は最多人数40名を送りこみ、全62チームのシンガリを務めました。


「日向ひょっとこ祭り」参戦記(その1)

文・蒔田 有美子

「どうやら女性はひょっとこ踊りができないらしい・・・」

南雲さんからそう告げられ、”小さな頃から一度は踊ってみたかった「ひょっとこ」をついに踊れる”と、楽しみにしていた私は、ややがっかりして日向市に向かいました。

ところが!!

和田さん達のご配慮で踊らせて貰える事になり、本当に参加しちゃいました!
参加するつもりではなかったので、心も身体も準備ができておらず、衣装を受け取った時は内心どうしようって感じでしたが、覚悟を決めてハッピに袖を通してしまえば、もうこっちのもの。お祭り気分ですよ。楽しまなきゃ損だぁって感じです。

最初は照れてたマキタさんも法被を羽織れば・・・ 最初は照れてたマキタさんも法被を羽織れば・・・ 最初は照れてたマキタさんも法被を羽織れば・・・粋な艶姿です

最初は照れてたマキタさんも法被を羽織れば・・・粋な艶姿です

みんな衣装に着替え、本番直前に特別指導。 リズムをとるのが難しいです。

みんな衣装に着替え、本番直前に特別指導。

リズムをとるのが難しいです。

上等なお面も借りて、いざ出陣。今回は過去最高の1100人が参加ということで、会場には全国から踊り手が集結していました。中には女性の姿もちらほら・・・開始1時間前にほんの数分練習しただけのド素人のくせに、「彼女達には負けない!」なんて勝手にライバル心を抱いたりしてました。

午後6時、ついに開始の花火が上げられ”テンテテテン”とお囃子が始まり出発。前半は私の前にいた日向市の古谷さんの踊りを真似するのに必死で、かなり堅くなっていました。

段々慣れてくると素人なりのささやかなこだわりも生まれてきて、後半はとにかく手と脚と首を振って振って・・・多分凄く変な動きをしていたんだろうなと思います。(今思い出すとかなり恥ずかしいので、”祭りなんだから”と開き直る事にしています。)狭い路地では、そんなオーバーな動きのせいで後の方に何度も肘うちを喰らわせてしまい、御迷惑おかけしました。誰だったのかわからないのですが、この場をかりて、ごめんなさい。

しかし、お面の力は凄いですね。ちょっとしたトランス状態に入っちゃいますから。気付いたら自分の世界に入っていて、常に列についてゴール地点で待っていて下さった宮大の吉武先生の姿をとらえてやっと我に返る。ずっとそれを繰り返す感じでした。

一つ残念だったのは、同じ衣装にお面の状態の為、ギャラリーからは誰が誰だか分からなかったらしいのですが、一人フンドシ姿でなかった私は、すぐ”蒔田”だとばれてしまう為、少しだけ恥じらいが残っており、思いきり腰を振る事が出来ませんでした。次回はフンドシ姿に挑戦!?

そんなこんなで日頃の運動不足で、心配されていた酸欠状態も、脚がつる、という事もなく無事最後まで踊りきり、おいしいビールを頂く事ができました。

来年はキツネやってみる?なんて嬉しいお言葉まで頂き、乗り易い質の私はお嫁に行ける程度に来年も参加したいと早くも思っている次第です。

最後になりましたが、東京の素人集団を快く受け入れてくださった日向市の方々の懐の大きさに、(良い意味で)宮崎ってやっぱり変な所だなぁと思いつつ、心から感謝しております!本当に熱く楽しい一夜をありがとうございました!!
きっと来年は南雲さんも参戦することでしょう・・・ネ?

街なかには、5つのステージが用意されています。

1ステージが終わると汗びっしょり!


「日向ひょっとこ祭り」参戦記(その2)

文・出水 進也

祭り前日の食事の際に市役所の方に踊りのレクチャーを少しして頂いたものの、それ以外の知識は全く無いまま、「日向連立連チーム」の一員としてお祭りに参加させてもらいました。

ひょっとこ役の僕は、フンドシをしめて法被を羽織り、頭に豆絞りを巻き、お面をつけて準備万端。いざ開会セレモニーが始まったのですが、その中で保存会の方々が模範演技として踊りを披露して下さり、ようやく「ひょっとこ踊り」の実態を目の当たりにしたのでした。

先頭で狐が機敏におどり、狐に女性(オカメ)が付いて行ってしまう、その後を、嫁であるオカメを連れ去られたひょっとこが列をなして追いかける(なぜか腰を振りながら・・・)。
実に楽しそうでユーモアがあり、日本的な情緒があって・・・とてもかっこいい。ただただ見とれてしまいました。

「これは楽しそう!」と意気込んだものの、いざ踊ってみると、操り人形状態。

足と手と腰の動きを頭で考えながら動いてしまい、カチコチの動きになってしまいます。そこで改めてまわりの皆さんを見てみると何とも自由に楽しそうに踊っているのです。ある程度、踊りにきまりはあるようですが、それよりもリズムにのって、じつに楽しそうなのです。そこからは、あまり動きを気にすることなく楽しむことに専念することにしました。終盤になってようやく慣れ始めて、踊っていてどんどん楽しくなってきました。沿道の方々の顔も見れるようになり(最初は必死だったのでそんな余裕がなかったのです…)、祭り独特の活気ある楽しい雰囲気を満喫することができました。

日本の祭りは、やっぱり楽しい!

どなたかがおっしゃっていましたが、「祭りは参加するもの!」ということを実感しました。本当に参加してよかった!楽しかった!

最後に、この場を借りて、和田さんをはじめ、日向市役所の皆様に感謝申し上げます。この日向の雰囲気、チームワークがあるからこそ、みんなが集まってくるのでしょうし、素晴らしいまちをつくっていけるのだと思いました。
東京や他のまちでは感じることの出来ない空気を味わうことが出来て、感謝の気持ちでいっぱいですし、この雰囲気を味わったことがあるか、ないかでは、これからの自分の人生で大きな差があっただろうと感じています。
それくらい特別な経験だったと思っています。皆さんの笑顔がとても印象に残った2日間でした。

踊るほどにみんなリズムも合ってきて、体が自然と動きだします。 踊るほどにみんなリズムも合ってきて、体が自然と動きだします。 踊るほどにみんなリズムも合ってきて、体が自然と動きだします。 踊るほどにみんなリズムも合ってきて、体が自然と動きだします。 踊るほどにみんなリズムも合ってきて、体が自然と動きだします。

踊るほどにみんなリズムも合ってきて、体が自然と動きだします。


初体験のひょっとこ踊りレポート、いかがでしたか?

突然の参加にもかかわらず、我々を迎え入れてくださった「連立連」の皆様、そして日向市の黒木部長、市街地整備課・松田補佐、古谷係長、和田さん、松博さん、甲斐さん、浜本さん、康文さん、県・清田さん、大崎さん、永田課長、牧野さん、大坪さん、九鉄工業の皆様、その他大勢の皆様、本当にお疲れ様でした! 

とても素晴らしい、熱く楽しい経験となりました。
来年は、小野寺さんや南雲さんたちにも是非とも参加してもらいましょう!!
本当にありがとうございました!!

2006年08月03日

第4弾 日向市視察レポート(その2)

文・写真 阪野武郎(udc)
平成18年7月13日(木) 天候:晴れ

こんにちは。自分は今年度より日向の連立事業のお手伝いをさせて頂いている(財)都市づくりパブリックデザインセンターの阪野と言います。

今回は、三重県桑名市の職員さんとともに、日向市駅連立事業の視察に訪れました。桑名市では、日向と同様に鉄道による東西分断の問題を抱えており、現在は駅周辺地区の東西地域を結ぶ自由通路の整備を予定しております。連立事業と自由通路の違いはあるのですが、この駅開発を契機に、駅前広場を含めた周辺地区の最開発及び市全体へのまちづくり運動の波及を狙っている点など、多くの共通点があることから、先駆して開発が進んでいるこの日向を視察に訪れた次第です。


○まずは、日向市役所を訪問して、県及び市の担当の方から事業の経緯や今後の展望等を聞いてきました。その中で、一番関心があったのが、県や市及び鉄道事業者等の交通機関や市民等の関係者との調整業務についてでした。市職員の方によると「日向市は、昔からまちづくりの面では先行して進めてきた背景があり、事業の計画当初から県と良好な関係が築けていた。交通関係者との協議においても、県が中心となって進めてきてくれたことが大きい。」との事でした。また、「長期にわたるまちづくりに重要なことは、しっかりとしたコンセプト(目標)を持つこと。それがあれば、たとえ異動等で職員が代わっても、まちづくりの理念は引き継がれるので、目標を見失うことはない。」とのアドバイスも頂き、短い時間ではありましたが、大変貴重な話を聞くことが出来ました。

見学会写真1

○その後、駅舎工事の現場へ向かったのですが、まず驚かされたのが、工事の進捗です。自分が以前に来たとき(5月)は、まだ高架橋だけで、駅舎と呼べる部分は何もなかったのですが、今ではすっかり屋根で覆われており、見る人に新日向市駅のイメージをリアルサイズで発信するものとなっていました。到着して、早速現場ヤードを進んでいくのですが、駅舎にかかるエリアについては、高架橋の橋脚のスパン割りが広くとられており、橋脚自体も下部に膨らみをもたせたデザインになっているため、高架下利用空間の開放的で落ち着いた仕上がりが実感できます。

見学会写真2

その高架を潜って階段を上ると、まず目に飛び込んできたのが山の壮大な眺望でした。 その景色に見とれつつ、周りを見渡すと、杉の大屋根の迫力に圧倒されます。やはり実際にホームから見上げてみると、杉の存在感は見事なものがありますね。桑名市の職員は言いました。「これは日本の駅ではないね」と。自分も同感で、日向らしさを演出するために地場の杉材を利用しているのですが、そのデザインとスケールのおかげで、日本らしからぬ駅に仕上がっている印象を感じました。

しばらく見学した後、現場事務所に戻ると、実際に大屋根のジョイントに使用している鋳物を見せてもらいまいた。これは桑名産らしく、その話を聞いて、桑名市の方は喜んでいました。

見学会写真3


○日向市によりますと、最近このような現場視察の依頼が多いそうです。デザインはもちろんですが、この日向の官・民・企業の協働のまちづくりについても、類まれなものであるので、他の皆さんの関心が高いのも当然といえば当然ですね。市の方は大変かも知れませんが、是非多くの人に来てもらい、知ってもらいたいと思います。 最後に、宮崎県及び日向市の方には、貴重な時間を割いて頂き、大変感謝しております。ありがとうございました。

(余談)
日向から帰る際、東口から駅に向かったのですが、東口→歩道橋→西口→改札口→駅構内歩道橋→ホームの経路で電車にたどり着けました。早く便利になるといいですね。それから、町のいたるところで、ひょっとこ祭りのポスターを見かけました。町全体がひとつになって盛り上がれるものがあるのは、とても素晴らしいことと思います。そのエネルギーが、今のまちづくりにも活かされているのかも知れませんね。

2006年08月01日

第4弾「三重県桑名市・名物部長同行記」 

文・写真:おおやま(アトリエ74)
平成18年7月13日(木) 天候:晴れ

「いいなぁ、いいなぁ」

JRで日向市駅に着いたとたん、イシカワ氏はそうつぶやきました。線路に並行して建っているのは鉄道の高架橋。桑名市でも(特にイシカワ氏が)目指していたモノで、諸般の事情から一昨年に断念したモノです。(本音だったのか、周りの笑いをとるポーズだったのかはわかりません。案外、本気でうらやましかったのかも?)

桑名市内はもちろんのこと、国土交通省や都市計画行政に係わる人の中では、桑名市のイシカワ氏(都市整備部長)は、そのちょいワル風の風貌と中心市街地整備に係わる実績で有名です。

その彼が日向市を訪れたのは、現在進められている桑名駅とその周辺の景観デザイン検討が、日向市駅周辺のデザイン検討作業チームとほぼ同じメンバーで進められていて、特に自由通路と駅舎の検討を、日向市と同じ内藤廣建築設計事務所のカワムラ氏が担当されていたからでした。カワムラ氏は桑名駅の顔となる自由通路の昇降口に「大屋根」をかける提案をしていて、そのイメージとして日向市駅の大屋根を見てほしいとおっしゃったのでした。(ちなみに、桑名市からはイシカワ部長だけでなく、彼の信頼する部下である都市再生推進室の室長等の計3名が訪れたのでした)

 

駅から市役所まで歩く道すがら、イシカワ氏が道を指さし(ちょっと笑いながら)、私に言いました。

「やらしいなあ、これはやらしくないか」

どうやら十街区のパティオ脇の街路について、石畳で一面舗装されていることについて言っているようです。つまり、やりすぎではないか、と。

これは、後で駅周辺の整備計画について説明を受けて納得するのですが(十街区のこの部分は駅前広場からパティオの連続する人々が集まる空間として計画されたところ)、現在の状況では、このあたりがまだ日向市の市街地になじんでいない印象があったのかもしれません。私自身も約9年ぶりの再訪で、すっかり変わってしまった駅前街区にとまどいを感じているところでした。今後、駅前広場や周辺の街区の整備が同じカラー(雰囲気という意味で)で進むことで、一体感が出てくることと信じます。

「やらしいなぁ」と石畳を指さすイシカワ氏

「やらしいなぁ」と石畳を指さすイシカワ氏

早く駅舎を見たいという気持ちを抑えつつ、まずは市役所にて、駅周辺の整備計画についてお聞きしました。

まず、市の建設部長に計画の概要について説明していただきました。イシカワ氏も鉄道の事業と土地区画整理事業、パティオ事業等の商業系事業のつながりについて、身を乗り出しながら、熱心に聴かれてました。個々の事業をどのように連携させているのかについて、かなり関心がお有りのようでした。

その後、それぞれの事業の具体的な内容や進め方については、県の担当の方(宮崎県日向土木事務所)、市の担当の方から説明していただきました。(ありがとうございました!)

説明してくださっているクロギ部長と身を乗り出して聴いているイシカワ氏

説明してくださっているクロギ部長と身を乗り出して聴いているイシカワ氏

さて、ようやく駅舎の方の見学です。市で車2台を出して下さり、駅舎まで送って下さいました。(クロギ部長はお忙しいのに「たまたま時間が空いていたから」と、自ら運転して下さいました)

まずは高架橋から見ていきます。イシカワ氏はクロギ部長とともに駅舎の方に向かいながら見ていきます。

ところで、日向市駅周辺の高架橋の形はとても美しいです。特に装飾があるわけでもなく、アーチ型にデザインしているわけでもありませんが、通常よりも広いスパン(柱間の間隔)、梁の形状、駅部の下に広がった柱(これも構造上必要な形とのこと)、全国でいろいろなところの高架橋を見ていますが、ここまできれいな形の高架橋はめったにありません。

クロギ部長とイシカワ氏(中央) 日向市駅の高架橋

クロギ部長とイシカワ氏(中央)

日向市駅の高架橋

話しがそれてしまいましたが、イシカワ氏共々、待望のホーム上に出ました。

「おおお、いいねえ」

そう言ったイシカワ氏、私が天井などに見入っている間に、どこかへ消えてしまいました。5分くらい経って再び姿を表しました。どこに行っていたのかお聞きしたところ、「ホームの端から端まで歩いてきた。屋根の上も見てきた」とのこと。足場の階段を上って、この木造大屋根の上が見えるところまでのぞきに行ったみたいです。まさに大興奮といったところ。設計担当のカワムラ氏や現場で説明してくださった方をつかまえて、アレコレと質問していました。

皆、感動した駅舎大屋根 あの足場の上まで見に行ったイシカワ氏

皆、感動した駅舎大屋根

あの足場の上まで見に行ったイシカワ氏

イシカワ氏の関心は駅舎の建物だけではなく、ホームからの景観にもあったようでした。細島港へ向かう道路がまっすぐ延びているのを見て、「この先には何があるの」と聞きます。港ですと答えると「おおお、まっすぐ軸線ができていていいねえ」とおっしゃいました。

実は、駅から東西の地形について、日向市と桑名市は似た構造となっています。どちらも鉄道が南北に延び、駅から東側には港があり(桑名は海ではなく川ですが)、駅から西側には古墳のある丘陵地があります。駅からの景観も参考となるということです。(市街地の構造だけでなく、桑名市の特産品もハマグリや木材、鋳物等と、日向市と重なる部分が多いです)

駅東側、細島港に延びる道路 駅西側、古墳の緑が見える

駅東側、細島港に延びる道路

駅西側、古墳の緑が見える

最後に、駅舎の模型のところで桑名市とのつながりをもう一つ教えていただきました。駅舎の柱と外壁つなぐジョイントの金物について、その試作品が桑名市内の鋳物工場で作られたとのこと。たまたま、発注した会社の本社が桑名市にあったことからこうなったのですが、なんだか不思議なつながりを見た気持ちです。

駅舎模型の柱と外壁のジョイント部 桑名市内の工場で作られたジョイント試作品

駅舎模型の柱と外壁のジョイント部

桑名市内の工場で作られたジョイント試作品

高架下天井の見本

高架下天井の見本
(高架下の天井部分には、耳川流域の杉材を活用して仕上げられる予定です)